関係者様
日中には春の気配を感じるようになりました。皆様お元気でいらっしゃいます
でしょうか。
では、山崎通信をお届けいたします。
皆様のご意見やご感想も是非お寄せいただければと思います。
お知り合いの方にも、このメールを転送いただければ幸いです。
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____山__崎__通__信_______________2008.2.21_
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┃“職人力”こそ日本の強さ
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《金融や経営の分野でも活かせ》
1980年代後半から90年代初めの日本は、一人当たりGDP(国内総生産)で、
世界上位に位置していました。ところが、2006年の順位は、18位にまで落ち
てしまいました。日本人の力が落ちているのでしょうか。
全くそんなことはない、という明の部分と、確かに衰退している、という暗の
部分の両方があります。当然ながら、明るい方向にこれから向かうべきです。
《職人の伝統が日本の工場を支えてきた》
今も昔も、日本で強い人材は職人です。戦国時代には、刀鍛冶の職人たち
が、ポルトガル伝来の鉄砲を世界一の品質にまで高めたといいます。現代の
自動車などの工業製品にも、もの作りの強い伝統が生きています。
日本の工場では、現場の判断と改善が尊ばれます。生産現場こそ、付加価
値の源泉です。この強さは今も健在ですから、優秀な日本のもの作り企業は、
グローバル化の荒波も乗り越えていきます。
科学技術を生み出し、新しい特許や発明をすることでも、日本人は今も世界
最高の水準にあります。それが、優秀な日本製品を生み出しています。
《食の分野では日本人がグローバルに活躍》
工場ばかりではありません。ミシュランは、東京の食の水準が、パリと並ん
で世界最高であると評価しました。その是非はともかく、世界から高く評価さ
れたことはすばらしいことです。もし、京都、大阪、金沢、福岡、その他全国
のおいしいところが加われば、フランスを抜くかもしれません。
日本の食が、ニューヨークやロンドンと違うのは、どの国の料理でも、作る
シェフの多くが日本人であることです。イタリアやフランスの星付きのレスト
ランの多くで、日本人の若きシェフたちが黙々と働いて、本場の料理を自分
のものにしています。なんとたくましく、グローバルなことでしょう。
もちろん、料理だけが食ではありません。支えているのが、世界有数である
はずの日本の食材です。米、野菜、魚、肉、酒、それぞれの分野にすばらし
い作り手がいます。
焼き物や漆器や着物といった伝統ある分野でも、日本の職人の腕は健在で
す。アニメ、ゲームといった新しいもの作りの世界でも、職人が育っているの
です。
《全体よりも部分を重んじる日本人の特質》
職人技と日常生活を精神性と芸術にまで高めることにおいて、日本は他国
の追随を許しません。茶、花、盆栽、香、庭。日常が宇宙に変わることが、
日本では当たり前でした。歌舞伎、能、文楽、雅楽、といった伝統芸術でも、
クラシックやポップスやダンスなどの西洋からの芸術でも、日本人の技が
生きています。
スポーツも職人の世界です。イチローや松坂大輔、中村俊輔などには、道を
究める求道者の厳しさがあります。戦う精神はサムライに近い、といえるで
しょう。
日本の人材が強い分野は、手で触れるもの、目に見えるもの、現場で分か
るものです。全体よりも部分を重んじ、大宮殿より3畳の茶室、長歌よりも俳
句、盆景よりも盆栽、を発達させてきた、われわれ日本人の深いところにあ
るにある特質なのでしょう。
逆に言えば、日本人が弱いのは、手で触れないもの、目に見えないもの、
概念でしか語れないものです。これは、仕方のないところがあります。
海に囲まれ、西洋からは遠く離れた日本には、侵略を受けにくく、独自の
文明を生むことができる、という利点がありました。
《日露戦争後の悲劇を招いた日本人の弱点》
しかし、一方で、世界全体で起きている変化や潮流に取り残されることも多
いのです。これは決して、日本人が閉鎖的だというわけではありません。
それどころか、日本人は、世界有数の外国のものを受け入れる民族といっ
ていいでしょう。
ただし、それは和魂洋才です。外のものは、物質的で目に見えるものしか、
なかなか受け入れないのです。日本独自の文明を守ってきたと同時に、
世界の深いところで起きている精神や文明のルールの変化が分からない
のです。
そうした悲劇は、日露戦争で西洋の大国を破ってから、有色民族の期待を
一身に担った戦前の日本が、そうした潮流の変化を読めずに、悲劇的な敗
戦に突き進んだことにも表れました(詳しくは、拙著『米中経済同盟を知ら
ない日本人』をご参照いただければ幸いです)。
そして、今、日本経済の没落は、目に見えないもの、手で触れない分野で
起きています。それは、マネーと情報であり、経営の分野です。いずれも、
部分よりも全体、戦術よりも戦略、個々の能力よりもシステム、発明よりも
発想、などが重要な分野です。
《マネーの世界では本質を見抜いた者だけが勝つ》
この点が得意なのが、欧米やインドなどの人たちです。カントの神様は、
日本の八百万の神のようには、目に見えません。宇宙の秩序や自然の法則
という抽象的な存在です。カントが、21世紀に至る人類の歴史をほぼ正確に
予言していたさまは、驚くべきことです。カントが示したのは、情報の量では
なく洞察力、そして、全体を考察する力でした。
言い換えると、目にも見えない、誰も教えてくれないことを自分で考えること
が大切です。この点で、今の日本の教育は、致命的な欠陥を持っています。
小さい頃から、人が作った問題に、人が考えた答えを出すことばかりを訓練
され、自ら問題を見つけるという、戦略思考の最も基礎となる訓練を破壊し
ているのです。それは、一人でものを考え、一人でも行動するという、人間
の強さも奪います。そこからは、常識を覆す、新しい思考によるイノベーショ
ンは起きません。
金融や情報や経営は、付和雷同すれば負ける世界です。すべての人が知っ
ていることを信じて買った時が天井になります。その逆に、誰も買わない時
に価値のあるものを買うと大きな収益が得られます。物事の本質を見抜くこ
とにしのぎを削るのが、マネーや情報、経営戦略の世界のルールです。
個人的な経験でもこうした局面を多く見てきました。
《ブラックマンデーの暴落時に明暗を分けた判断力》
1987年にUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の経営大学院の寄付
基金の運用に学生ファンドマネジャーとして携わった時に、ブラックマンデー
の暴落が起きました。1日でダウ平均が22%も下がったのです。
その日の米国人学生のうつろな表情を覚えています。ブラックマンデーの
ショックで、ウォール街への就職をやめ、不動産業界に就職先を替えた同級
生が多くいました。それが明暗を分けました。3年後に、不動産業界は壊滅
的なバブルの崩壊を迎えたのでした。
ブラックマンデーの暴落は、プログラム・トレーディングという流行の
コンピュータ運用の手法が、下げを極端に増幅させたからでした。1週間の
分析の後、米国株のファンダメンタル(経済の基礎的条件)に何の問題もな
いと結論を出した私は、マイクロソフト、インテル、ウォルマート・ストアーズ
などの株を買いだしました。マイクロソフトなどは、その時から現在までで、
株式分割などを調整した実質で、100倍にもなりました。
もっとも、後輩のファンドマネジャーは、とっくに売ってしまったようですが。
かと思うと、予想を超えた深刻な下げもありました。1990年の仕事始めに、
大和証券の商品開発を担当していた私は、正月休みに書き上げたリポート
を出しました。年末に4万円に迫った日経平均は、これから2万5000円まで
下がる、日本株の商品から円の金利物に、商品戦略を転換すべきだという
ものでした。
日銀が、強烈な金融引き締めを始めていましたから、金利との関係から
いって、株の大幅な低下は避けられないと思ったからでした。私の主張は
全面的には受け入れてはもらえませんでしたが、当時は高かった円金利
に連動する金利型商品を開発できました。それがこの年の日経金融新聞
最優秀商品賞を受賞しました。
しかし、それからの株の低下も日本経済の低下も、私の予想をはるかに
上回るものでした。2003年4月には、ついに、日経平均は8000円を下回り
ました。
《15年前には誰も予想できなかった今の中国の姿》
市場の予想だけではありませんでした。1985年8月に、当時野村総研の副
社長だった徳山二郎先生に、260円にもなった円安が日米貿易摩擦を招い
ている、どうしたらいいのか、と質問されました。
私は、円安は、米国が要求した金融自由化によって、日本が米国の要望
通り米国債を買っているのが最大の原因、したがって、米国が一方的に
日本を批判するなら、日本は外為法を発動し、米国債を売ればよい、米国
はそこで初めて、日本の正当な主張を聞く、というリポートを出しました。
徳山先生は、そのリポートを当時の中曽根康弘首相に提出しました。
そして、9月7日に、中曽根首相が大蔵省・日銀に資本流出抑制策の検討
を指示という日経新聞の一面記事が飛び込んできました。米国債は暴落し、
大幅な円高が実現しました。米国では、私がリポートで予想した通りのこと
が起きたのです。
その2週間後に、レーガン大統領は突然プラザ合意を発表し、それまでの
方針を180度転換し、5カ国が協調介入することを発表しました。G5が始ま
り、マネーの世界のグローバリゼーションの扉が開かれました(この頃の経
緯については拙著『勝つ力』に書いています)。そして、世界一の債権大国
になった日本は、90年代に自滅していくのでした。
中国の将来については、欧米人も予想していませんでした。93年にゴール
ドマン・サックスに移る前に、ある人に、これから伸びるビジネスは?と聞か
れて、日本の年金と中国ビジネス、と答えたところ、日本の年金は分かる、
しかし中国は22世紀の国だ、と言われたことを覚えています。
あのピーター・ドラッカーも89年の名著『新しい現実』の中で、これからも
世界のスーパー企業は米日英独の4カ国からしか生まれない、と述べてい
ました。
大勢に順応したり付和雷同したりしているうちに、現実の世界はそれを乗り
越えて動いていくのではないでしょうか。
《日本の大企業は“職人”の強さを活かしていない》
かといって、日本人にできないわけではありません。現に東京の外資系金融
機関やコンサルティング会社に働くのはほとんどが日本人です。
まさに金融や経営戦略の職人と言うべき人材も多くいます。
IT(情報技術)の世界でも孫正義氏をはじめとした優れた人材がいます。
ですから、マネーや情報、経営戦略の世界でも、日本の人材力は強いです。
問題はそれが日本の大企業では十分活かされていないことです。
歴史をさかのぼれば、ペリーの黒船が来た時に、鋭く欧米諸国の意図を見抜
いて、日本の独立を守ったばかりか、西洋を打ち破る国家を打ち立てた幕末
維新の志士や幕府の有志たち。戦後の焼け跡から日米同盟を作り戦後日本
の繁栄を築き上げた保守政治家たち。そうした偉大な戦略家たちも多く輩出
しているのです。
もちろん、吉田松陰も西郷隆盛も坂本龍馬も勝海舟も、吉田茂も岸信介も
田中角栄も、お受験とは無縁でした。幕末には、学習指導要領も教育再生委
員会もありませんでした。あったのは、自分たちが作った塾であり、独自の藩
校でした。戦前のエリートは旧制高校で徹底的に考えることを学び、田中角栄
や二宮尊徳は自ら学ぶことを覚えました。
自ら考え、自ら行動し、結果を出す。いつの世も大切な、教育の目標です。
教育改革に成功したフィンランドに教えてもらうまでもありません。
これから教育を大転換し、自分で考える力ともの作りの力とが一緒になった時
が、日本の人材が世界で本当に活躍する時でしょう。
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●次号は来週にお届けいたします。どうぞお楽しみに!
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