関係者様

九州や沖縄では例年より早い梅雨明けとなり、残りの地域でも梅雨明けが
待ち遠しい今日この頃ですが、皆様お元気でしょうか。

では、山崎通信をお届けいたします。
皆様のご意見やご感想も是非お寄せいただければと思います。
お知り合いの方にも、このメールを転送いただければ幸いです。

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____山__崎__通__信_______________2008.7.14_
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┃今こそ、年金の第2次構造改革を
┃           〜年金5.8兆円の巨額損失の背後にある根深い問題
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 国民の150兆円の年金資金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人
 (GPIF)が、昨年度5.8兆円もの巨額の運用の損失を出したことが明らかに
 なりました。その原因は株式市場の下落である、と片づけられているよう
 ですが、本当は、表面には表れない構造問題が存在するのです。

 1994年から96年にかけて、日本の年金資産の運用の大きな構造改革が行われ
 ました。それによって、国民の年金資金の相当部分が守られました。

 しかし、12年後の今、前に積み残した課題が巨大なブラックホールになり
 年金財政に損失を与えています。年金資産の運用の第2次構造改革が
 待ったなしです。それには、大問題があることを広く知らせなくては
 なりません。そして、愚かな魔女狩りではなく、国民への年金の約束を守る
 ために必要な賢明な解決策が必要です。目先の利害や政治的な打算や視聴率
 稼ぎの安易なポピュリズムに流れることなく、政治も行政も関係機関も
 金融機関も学会もマスコミも、議論し、正しい方向に合意し、協力して
 新しい体制を作るべきです。

《少子高齢化が年金財政悪化の原因ではなかった》
 まず、前回のコラムでは、年金に巨大なブラックホールが開いている
 ことを説明しました。せっかく国民が積み立てた150兆円の年金資産のうち、
 3分の2の100兆円が国民に約束した利回りよりはるかに低い超低金利の国債
 にも運用され、隠れた巨大な損失を生み続けているのです。

 代表的な10年国債の利回りは、97〜98年から1%台に低下しています。
 一方で、政府は、1999年までは年金資産を年率5.5%で運用することを約束
 していました(この利回りを予定利率といいます)。予定利率との逆ザヤは
 年間4%にもなっていました。当然、その分は年金財政の悪化要因となり
 ました。

 その後予定利率は徐々に切り下げられました。それに伴って、年金の保険料
 の引き上げと年金給付の引き下げが行われてきました。国民の不満は高まり
 ました。でも、一般に言われるような少子高齢化だけが年金財政の悪化の
 原因ではなかったのです。

 今では、年金の予定利率は3.2%まで低下しています。これは大変な切り
 下げです。1000万円を30年間5.5%の利回りで運用すれば、約5000万円に
 なりますが、3.2%なら約2600万円にしかなりません。それでも、3.2%の
 予定利率は、超低金利水準の1.5%前後の10年国債の利回りよりも相当高い
 のです。ですから、国債で運用している100兆円の年金資産は、毎年1.5兆円
 程度の得べかりし利益(逸失利益)を生んでいることになります。

《低金利で発行した債券を、自社で買う財務部長などいない》
 こうして、国債金利が低下した90年代以降、国債に投資したことによる
 年金財政の逸失利益は巨大なものになります。

 これが企業の財務担当であれば、理解し難い行動にしか見えません。低金利
 で調達した資金は、収益性の高い事業に投資するのが基本だからです。
 超低金利で債券を発行しておきながら、会社の資金でその債券を買う財務
 部長はいないでしょう。

 ところが、財政全体で見ると、せっかく、1.5%という超低金利の国債で資金
 調達をしておきながら、年金資金の3分の2を超低金利の国債で運用して
 います。そのために、年金資産運用という事業の目的であるかつては5.5%、
 今でも3.2%という収益目標を100兆円の部分では最初から達成できずに逸失
 利益になってしまうのです。

 かつて、年金資金が自動的に国に預けられていた財政投融資の時代と実態は
 変わっていないのです。国債の安定消化と超低金利の維持という、財務省の
 国債発行の都合が、国民の年金資産の運用への責任という受託者責任よりも
 優先されているのです。しかも、肝心の財政全体では、年金の赤字が財政
 赤字を拡大させているのです。

 財政全体へのガバナンスも働いていないのです。まさに縦割りと前例踏襲の
 弊害です。

 問題なのは、こうした資産配分の実態が覆い隠されていることです。

《GPIFが公表した資産配分の“奇妙な前提”》
 国民の年金を運用するGPIFという組織は、資産運用の方針を決定するために、
 外部の専門家を含む運用委員会まで組織しています。一定の科学的見地に
 基づいて、資産配分の基本方針を決めることになっているのです。ところが、
 公表された資料を見ると、奇妙な前提が置かれています。

 まず、国債を中心とした国内債券の期待収益率を3%、短期資産、つまり
 現金からの期待収益率を2%と置いているのです。しかし、現実には、国債の
 利回りは1.5%前後、現金に至ってはほとんどゼロのはずです。いや長期的
 には金利が上がるからいいのだ、と思うかもしれませんが、超低金利の国債
 を持っていて、実勢金利が上昇すれば国債は値下がりするのです。むしろ、
 長期的に期待される3%の金利に達しない時には国債への配分を減らすのが
 自然です。

 さらに言えば、株式への期待収益率の前提も相当に不可解です。株式収益は
 今年のように、大暴落をする年もありますが、長期的には自己資本利益率
 (ROE)に近似します。もちろん、そうしたファンダメンタル(基礎的条件)
 を越えてバブルが上昇する時もあれば、今のように、ファンダメンタルを
 はるかに下回るところまで、株が下がることもあります。それだけに、
 株価が過熱していれば株への配分を減らし、株価が過度に安ければ配分を
 増やすことが必要になります。

 もちろん、サブプライムローン(米国の信用力の低い個人向け住宅融資)
 問題のような金融環境や、上昇を続ける石油価格への読みなど、経済だけ
 にとどまらない総合的な判断が必要とされます。現在のような、周期的に
 起きる金融危機やその前兆となる金融引き締めや、商品市場への投機
 マネーの集中などのような原因で、株式が下方にオーバーシュートする時
 には、思い切って株式への資金を一時的に引き揚げたり、ヘッジ手段を
 駆使することが必要となります。そして、下がりきって明らかに割安に
 なったところからは、徐々に買い増していくことが必要になります。

《年金による国債引き受けという慣行がまかり通っている》
 こうした資産配分(アセットアロケーション)の判断こそ、資産運用の根幹
 です。個別の株の銘柄よりもこの資産配分によって運用成績の9割程度を
 説明することができると言われています。数字やデータだけでなく、世界の
 金融市場や経済での動きを把握し、キープレーヤーたちの動向に通じている
 ことも不可欠です。

 ところが、この大事な判断を国の年金運用では放棄しています。運用方針を
 検討する運用委員会を組織しておきながら、肝心なこうした戦略的な資産
 配分については行わないことになっているのです。実質的には、運用の9割
 を放棄していることになります。結局、昔ながらの年金による国債引き受け
 という慣行がまかり通っているのです。

 内外の投資運用会社を使っているといっても、与えられた国内株式とか
 外国債券という資産配分の枠の中での仕事に過ぎないのです。運用成績への
 影響度という点では、資産運用の仕事の1割にしか過ぎない部分にのみ競争
 を導入しているのに過ぎません。

 国民の年金の150兆円もの資金を動かせるはずがないと思うかもしれません
 が、欧米の巨大金融機関の総資産は大体100兆円を超えていますし、200兆円
 を超えるところもあります。巨大資金の運用という意味では、日本の年金と
 同じ程度の規模の資産を思い切って動かしているところもあるのです。

 日本の年金が現在のように資産配分の変更を放棄し、どんなに環境が変化
 しようと固定的な資産配分を変えないというのは、土砂降りでも傘もコート
 もなしに、じりじり照りつける夏の日差しでも帽子なしに、歩き続ける人
 のようです。それでは体を壊します。お金の運用でも、環境に適応した
 生き方が必要です。

 では、日本国民の年金資金の運用はどう変わるべきなのでしょうか。

 いくつかの提案をしましょう。

《財務大臣の不明朗な関与をやめるべき》
 まず第1に、年金受給者である国民の利益を最優先するという、当たり前の
 原則を確立することです。これを受託者責任と言います。欧米の年金運用
 では常識であり、違反すると刑事罰に処せられることもあります。

 国債の金利を低く保ちたいから年金に買わせる、といった行為は明らかに
 年金受給者である国民への受託者責任違反です。具体的には、現在はGPIFが
 基本ポートフォリオを含む中期計画を策定する際、厚生労働大臣の認可を
 受けることとなっており、その時に厚生労働大臣は財務大臣と協議して
 認可する仕組みになっています。しかし、こういった財務大臣の不明朗な
 関与をやめるべきです。

 もちろん、年金財政への最終的な責任を持つ財務省は、国債の安定消化と
 いう近視眼的目的よりも、運用利回りの向上による財政全体の改善効果を
 重視すべきで、今のような年金の資産配分への介入は停止すべきです。

 もう1つ重要なのが、国民の年金運用を預かり、年金財政を担当する公務員
 も、一般国民と同じ厚生年金に入ることです。今のように、国民の年金に
 入っていない公務員が資産運用や年金財政の決定をしているのでは、官僚
 間の利害を国民の利益より優先していると言われても仕方がないでしょう。

《運用利回りの目標達成と資産配分の決定に業務を集中せよ》
 第2に、年金運用の目標を明確化することです。その目標とは、年金財政上
 の負債である、国民に約束した運用利回りを確実に超える利回りを達成
 するということのはずです。5年に1度、年金の財政再計算というものを
 行い、年金の保険料や受取額が決まっているのですから、5年間の期間で
 運用利回りが目標を超えることが具体的な目標になるでしょう。そう
 なれば、現在のように3.2%の運用目標がある時に、年間1.5%程度の国債に
 資産の3分の2を投入するような資産の配分は、金融市場の混乱の時期を
 除けば、基本的には起こり得ないでしょう。

 第3に、目標を達成するために合理的な組織の原理を確立することです。
 運用組織であるGPIFは、世界的規模の運用機関にふさわしい権限と責任を
 負わなくてはなりません。資産配分を含めた運用のすべてについて、完全
 な独立性を確保すると同時に、国民に対する責任と情報開示義務を負う
 べきです。

 特に、運用成績の9割を支配すると言われる資産配分の決定は、高度な
 専門性と経験に基づいてのみ行われるべきで、官僚機構の中の慣行や
 政治的な意図から影響を受けず、リターンとリスクの両面から見た運用
 成績を上げることのみに業務を集中しなくてはなりません。

《政治や官僚機構とは無縁で専門性の高い人材の採用を》
 第4に、GPIFを、原理にふさわしい運用機関に変えることです。組織の
 中心は人です。世界最大規模の資金の運用を世界の市場で行うのですから、
 世界的な人材を充てるべきでしょう。本人が受けてくれるかは分りません
 が、今回のサブプライム危機も予見し巨額の利益を上げたジョージ・
 ソロスのような人のアドバイスを受けるのもいいでしょう。彼は
 ノルウェーの国民基金の運用のアドバイスをしています。

 それはさておき、世界的な運用組織はどのようにして人材を採用している
 のかをきちんと研究すれば、方針はきちんと立つはずです。

 もちろん、国家としての権限や責任を放棄しろと言っているわけでは
 ありません。行政や国民の代表の責任は、運用を委託された人たちが、
 忠実に日本国民の資産を増やすように努力し、運用の結果を出しているか
 を確認し、成績を評価し、運用機関を適宜入れ替えることです。この評価
 自体が専門性と透明性を必要とし、政治や官僚機構の利害とは無縁である
 べきことは言うまでもありません。評価能力のある人が必要となるでしょう。

 優秀な人材を採るためには、成績が向上しても何の報酬もない今の処遇体系
 では不可能です。せめて、諸外国の政府運用組織並みの処遇ができなければ
 不可能です。

《最も大事なのは、国民との関係を変えること》
 第5は、競争原理を導入することです。150兆円の資金をいくつかに分け、
 それぞれのファンドを競うことも必要です。ただし、運用の目標は
 あくまでも国民に約束した利回りを超えることです。10%を超えるような
 利回りは必要ないのです。ですから、利回りだけでなく、変動性などの
 リスクの面からの評価も必要になります。そうした評価基準を明確にした
 うえで、Jリーグのように下位の成績の運用機関は入れ替える必要もある
 でしょう。

 こうした競争原理は、外部の運用機関を採用して運用させる場合でも、
 組織と人材を充実させて直接自家運用を行う場合でも、同じ基準で評価
 すべきです。

 最後になりますが、最も大事なのは、国民との関係を変えることです。
 資産運用は本来リスクを伴います。一時的に損が出るのは宿命です。
 それでも、リスクを取りながらも英知を結集して、国債や預金の利回りを
 長期的に上回ることが使命なのです。

 長期的な利回りの向上が、年金保険料を低く抑えるためや年金の給付を
 確保するために不可欠であること、低金利の国債だけに投資していたの
 では国民に約束した利回りを確保できないことを明確に説明すべきです。

《年金運用の成功には、国民の支援も不可欠》
 また、日本は先進国の中で最も急速に少子高齢化が進むために、所得税中心
 の税金や現役世代の保険料に頼っていたのでは、将来の年金が払えないこと
 も明確に説明すべきです。不足を補うためには、年金資金の利回り向上が、
 国民のためにも切実な課題であることも理解が必要です。

 そして、短期的な運用成果について、魔女狩りのような責任追及をテレビの
 ワイドショーや国会審議で行わず、あくまで事実と信頼関係に基づく議論を
 行うことが必要です。

 ノルウェー、シンガポール、カナダなど、国民の資金の運用に成功している
 国は、日本より人口も少なく、政府への信頼も高い国々です。しかし、日本
 も、年金運用が思い切った国民本位のものに脱皮するとともに、国民もその
 変化を自分と将来の世代のために支援しなくては、国全体での成功はない
 でしょう。

 こうした改革は、日本の年金の第2次構造改革と言えるでしょう。

 次回は、1994年から96年にかけて行われた第1次構造改革を振り返り、日本が
 抱える問題の本質について述べたいと思います。


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