関係者 様

ふと気がつけば、もう師走。そして本年も残り少なくなって参りました。
『山崎通信』第27号をお届けいたします。

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____山__崎__通__信____________2005.12.22_第27号
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┃選択と集中はどこに行くのか
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 バブル時代の反省として、日本でも企業経営においては「選択と集中」が
 大事だという考えが定着したようです。むやみな多角化によってあれもこれ
 もやることは、結局すべてのビジネスを失うことになるからです。裏を返せ
 ば、得意分野に特化したほうがビジネスはうまくいくということです。

 もう一つ定着したかに見えるのが、「競争が善」という考えです。これは
 民が官より優れていることの重要な根拠になっています。いずれももっとも
 だといえるでしょう。

 さて小泉政権は改革の総仕上げに入っています。このごろメディアをにぎわ
 すのが「政策金融の一元化」というものです。いくつもある政策金融機関を
 一つにし、そこに入らないものは完全に民営化しようというものです。これ
 もいいものに聞こえます。ムダを排除し、官を減らすのです。確かにそう
 いう効果はあるでしょう。

 でもよく考えると、相当奇妙にも見えてきます。

 かつて筆者は、アメリカの政策金融機関の商品を日本に導入したことがあり
 ます。1989年ですから昔ばなしです。証券取引法の改正以前であり、
 当局との折衝に苦労しました。というのも、それがアメリカで住宅ローンの
 証券化を担当する3つの政策金融機関が発行するモーゲージ担保証券(MBS)
 という証取法で定義されていない商品だったからです。アメリカでは国債と
 肩を並べる巨大市場なのに、日本では存在すらしていませんでした。歴史や
 根拠法を調べ上げ、税制の取り扱いを確定させ、日本でも有価証券と認めて
 もらいました。当時の大蔵省(現:財務省)の担当官が大変な博学であり、
 アメリカの証券市場にも通暁していた方だったのが幸いしました。

 そうやって認められたMBSを組み入れた投資信託の残高は、業界全体では
 2兆円になり、筆者が担当したものは日経金融新聞最優秀商品賞をいただき
 ました。しかし、1990年からのバブルの崩壊を前にしては、「焼け石に水」
 のような努力だったのかもしれません。

 しかしその時、何か思想的というか哲学的に異質なものを、アメリカの
 金融システムが持っているのを感じました。まず、政策金融機関は、大恐慌
 時代に民間銀行のほとんどがつぶれて機能しなかったために作られたこと
 が興味深かったです。その背景にはアメリカン・ドリームがありました。
 国民が自分の家を持てるようにすることが政府の使命であり、それを実現
 する金融システムを作ろうとしたのです。企業や金融機関ではなく、国民
 のために金融があるという考えが新鮮でした。ああ、これがアメリカの
 草の根の民主主義だなと感心したものです。護送船団方式で狭い業界利益
 を守ることに一生懸命だった日本では考えられない発想でした。

 もう一つ新鮮だったのが証券化でした。最初は分かりませんでしたが、
 証券化とは特定の商品や組織のことではなく、官が主催するが民が主役に
 なる「共生システム」なのだと理解して、これまた新鮮でした。民間銀行が
 民間人に貸す住宅ローンを政策金融機関が買い取り、証券化という加工を
 施して再び民間に売ります。これによって、それまでにはなかった民の中
 のお金の流れができて、結局低い金利で国民が住宅ローンを借りられる
 ようになりました。国民利益の思想が、実績の数字とともに雄弁にIRで
 語られていました。そして、小さい金融機関であっても能力が高ければ
 生きていけるようになりました。金融の世界でも官が民を助けるインフラ
 になりうることを示していました。

 なぜ民間ではなく政策金融機関でなければ巨大な証券化の市場にならな
 かったかも理解できました。一民間銀行では信頼性や安定性がありません。
 全国一律の制度が民間では不可能です。民間ではライバルは利用しにくい
 のです。ではどうやってお役所仕事の弊害を防いだのでしょうか。その
 ために政策金融機関同士をライバルとしたのです。住宅金融だけで三つの
 政府機関が作られ、ローンの種類ですみ分けました。うち二つは民営化
 し、上場して株式市場の監視を導入しましたが、公共性を担保するために
 特別法が作られ、政府からの一定の監視が働く仕組みを作りました。また、
 住宅金融で成功したこの方式は、もう一つのアメリカン・ドリームである
 大学進学のための奨学金融資の証券化にも応用されて、新たな政策金融
 機関が作られました。こうした政策金融機関はもちろん独立採算で高い
 収益を上げており、民営化した会社は税金を払っています。

 アメリカは大恐慌を教訓に政策金融機関を作り、民間銀行以外の巨大な
 金融システムを構築しました。だから民間銀行がバブルの崩壊で存亡の
 危機にあった90年代にも、経済全体が収縮することはなく、バブルの
 処理も数年で終えました。証券化市場、株式市場、債券市場、ジャンク債
 市場など金融チャネルが多様に発達していたことが大きな理由です。
 
 日本は15年間もバブルの崩壊で苦しみました。金融システムが銀行中心で
 あり、銀行が収縮したら株式と不動産にまで連動して経済全体に影響が
 出てくる、という単線型の金融システムから抜け出せなかったのが主な
 原因でした。その日本がいま政策金融機関を一つにし、民営化したものは
 普通の銀行と全く同じにしようとしています。これでは金融システムが
 単線型になり、バブルが起きれば横並びで膨張し、破裂すれば一緒に収縮
 することにならないのでしょうか。掛け声では証券化を進めるといい
 ながら、その残高はアメリカの100分の1程度に過ぎません。失われた
 15年間に数十兆円の財政負担を国民に強い、それ以上の損失を銀行救済の
 ためのゼロ金利政策で年金や保険や個人の財政に与えた民間の金融シス
 テムの欠点は、本当に是正する方向にあるのでしょうか。根本的な議論は
 されないままです。「官から民」の掛け声ばかり大きいです。まるで政策
 金融機関よりも民間銀行のほうがすべてに優れていて、国民の利益になる
 ような話がまかり通っています。

 政策金融機関を一つにしてしまえば、何もかもやるが何も上手にできないと
 いうことにならないのでしょうか。一つになれば独占のうえにあぐらをかか
 ないのでしょうか。バブルを生んだあげく、国家から救済された民間銀行
 に比べれば、商工中金、農林中金(すでに民営化)、日本政策投資銀行
 など健全経営で民間銀行が貸し渋りしたときに貴重な資金供給を果たした
 政策金融機関は多いと思います。公共性と根拠法で縛られ、選択と集中を
 義務付けられているがゆえに、民間銀行のように収益最大化のために過大
 なリスクをとることが少なかったからです。
 
 確かに小泉改革はこれまで重要な問題提起をしてきました。しかし一方
 で、政策の選択肢については幅広く深くは検討されませんでした。そして、
 ほかの国での貴重な社会実験の成果を無視してきました。例えば、日本と
 同時にスタートしたアメリカの全国高速道路網は無料であり、ドイツも
 イギリスも原則無料なのに、小泉改革は無料化ではなく永久有料化になる
 道路公団民営化を選択しました。これによって日本の地方の交通コストは
 高止まりします。また、郵政民営化についても、先行して実施したニュー
 ジーランドではすでに失敗が明らかになっています。

 そして、いま民間の金融システムが収縮したあとに、かつてのアメリカ
 とは逆に政策金融機関を縮小しようとしています。確かに政策金融機関の
 経営改善は必要です。そのためには民営化と上場も有効です。財政投融資
 への依存は論外です。しかし一方で民間を補完する官の金融インフラを
 証券化などの形で拡充しない限り、日本の金融システムの質的なグレード
 アップは実現せず、またバブルの崩壊のリスクを抱えることにならない
 でしょうか。そして、政策金融機関といえども業務分野の選択と集中、
 そして競争と市場の監視が必要ではないでしょうか。一つにするよりも、
 複数の政策金融機関に異なる分野でガラス張りの競争をさせたほうが
 よくはないでしょうか。今後の改革が単なる巨大独占を生むことなく、
 本当に国民の利益になることを期待したいものです。

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● 次号は2006年1月中旬にお届けいたします。どうぞお楽しみに!

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