関係者 様
木枯らしが吹きすさぶ季節になりました。皆様お元気でいらっしゃいますか。
山崎通信第47号をお届けいたします。
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____山__崎__通__信____________2007.12.7_第47号
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┃FRBバーナンキ議長がラッキーなわけ
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《先代の功績と世界経済の構造変化が失策をカバー》
アメリカの中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)の政策がいま厳しく
問われています。FRBが12月に市場の期待通りに金利引き下げを行うのか、
注目されています。バーナンキ議長が舵取りを誤れば、更なる世界の株式
市場の暴落とアメリカ経済悪化の危険をはらんでいます。
これまでのアメリカ経済の好調を支えてきた不動産が下げに転じたのです。
サブプライムローン問題は深刻さを増しています。右肩上がりで上昇を続け
た住宅価格が1970年以来の下落を続けています。
金融機関の損失の合計は50兆円に及ぶという観測もなされ、そうなると
200兆円以上の信用収縮が起きるという観測もあります。これが90年代まで
であれば、FRBの無策をきっかけに、世界経済は不動産、金融、株式の
連鎖危機をきっかけにして不況に突入しても不思議ではない状況です。
そうならないのは、世界経済の構造が変わったからです。その意味で、
19年の任期中に幾多の危機を切り抜けた前任のグリーンスパン議長より、
バーナンキ議長ははるかに恵まれています。
《利下げ見送りでもっとも打撃を受けたのは日本株》
今年の世界の株式市場は大荒れです。2月、8月、そして11月と大きな下落を
経験しました。特に11月は、FRBの幹部から「経済は大丈夫」という脳天気な
発言が繰り返され、そのたびにアメリカ株が底割れし、世界の株式市場が
連鎖して下げました。
その上、バーナンキ議長は、11月の金利低下を見送りました。金融機関の
損失のニュースにも明確な危機管理は行いませんでした。こうした姿勢に、
ウォール街からの非難が集中しました。
世界の株式市場の中で、とりわけ打撃が大きかったのは日本株です。
今年の日経平均は、先週末まででマイナス9%の下げを記録しています。
でも、日本以外の世界の株式市場は大きく上昇しています。
アメリカでさえ、NYダウ工業株平均は7%のプラスです。ドイツのDAX指数は
プラス19%、ブラジルがプラス41%、上海総合指数にいたってはプラス82%
です。日本の弱さが際立ちます。
20年前のブラックマンデー後にアメリカ市場の暴落を日本がすぐ跳ね返し、
アジアやラテンアメリカが深い傷を受けたのとは、まったく逆の現象が現れ
ています。
《スタグフレーションというのは幻影に過ぎない》
11月は、株式市場の暴落の一方で石油価格は上昇し、ついにWTIで1バレル
100ドルに近づきました。金や穀物の価格も上がりました。
インフレの不安が高まっているのだから、バーナンキ議長は金利を下げられ
ないのだ、という見方もあります。
そして70年代のようなスタグフレーション、すなわち不況(スタグネーション)
とインフレーションが同時にやってくるのか、と心配されています。
そうなると金融政策も効かなくなる、という恐怖心理も各地で台頭しています。
幻影におびえている、としか言いようがありません。ホラー映画を見て怖がる
分にはいいのですが、経済に最大の影響がある金融政策の舵取りが、ありも
しないスタグフレーションに惑わされていたのでは、大きな間違いを犯します。
70年代のオイルショックのころ、日本やアメリカの物価上昇率は20%を超え
ました。金利は跳ね上がり、経済はマイナス成長、株式は暴落、失業が増え
ました。
いま、日本のインフレ率はほぼゼロ、アメリカでも3%程度です。世界の株式
市場は、日本を除いて上昇基調です。スタグフレーションは存在しないのです。
《米中経済同盟が世界経済の構造変化を促した》
それどころか、世界経済はインフレなき高度成長の時代にあります。中国に
代表されるように、人件費と不動産コストがアメリカや日本よりはるかに
低い国に世界の工業製品の生産が移り、製造コストの劇的な低下が実現
しました。たとえ石油などの一次産品の価格が上がっても、先進国のコスト
の最大部分を占める人件費と不動産コストの低下がそれを上回ります。
こうしてインフレが起きないから、金利も低い。労働、不動産、マネー、
これら3大生産要素のコストが激減して、世界で展開する企業の収益が
上昇を続けるようになったのです。
構造変化の中心にあるのは、これまでも述べてきたように、米中経済同盟
というべき関係です。最大の資本主義国アメリカが、世界最大の人口を持つ
共産党独裁の中国と、強固な経済の補完関係を構築したことが世界を変え
ました。
そして、インド、ベトナム、東欧が、中国に続いて外資企業導入による成長
を始めました。アメリカの中国とのビジネスモデルには、日本やEUもアジア
諸国も乗り、そこから生み出される経済成長が、アラブ、ロシア、ブラジル、
オーストラリアなどの資源国に及んでいます。
ほとんどの国では高度経済成長が続いています。その中で日本だけが
ほとんどゼロ成長であるのは、日本が、80年代までの太平洋ベルト地帯と
東京に集中する経済モデルから、どの地方からでも世界に向けてビジネス
ができるように、国のかたちを転換することに失敗したからです。
《資産市場が物価を決めることを理解したグリーンスパン》
先代のグリーンスパン議長は、世界経済に構造変化が起きたことは理解し
ていました。それは、低インフレと高成長、そして高株価が並存するように
なったことでした。しかし、グリーンスパン氏にもその原因は理解できませ
んでした。
だから、彼はconundrum(なぞ)と呼びました。そして、こうした事態を表現
するのに、Goldilocks(ありえないうますぎる話)という言葉が市場では使われ
ました。大事なことは、原因が分からなくても、19年の任期にわたり幾多の
金融危機を切り抜け、グリーンスパン氏はアメリカ経済をインフレなき安定
成長軌道に導きました。
グリーンスパン氏の功績は、第一に経済を動かすものは株式や不動産など
の資産市場であることをよく理解していたことでした。とりわけ、資産価格
の上昇が富裕層や資産保有層を中心に消費を拡大し、最終的には物価を
上昇させることを理解していました。
《真骨頂は古典的な理論とは無縁の政策運営》
つまり、物価は資産市場の上下の結果という性格が強くなったことをわかっ
ていたのです。だからこそ、資産価格が利益水準や金利などのファンダメン
タル(経済の基礎的条件)から乖離するときには、強権的に介入しました。
それが、90年代と2000年代初めの大幅な金利引き上げでした。逆に、金利
引き上げの効果が出て株式市場が下落に転じると、今度は思い切って大幅
な金利低下を実行したのでした。
見方を変えると、グリーンスパン氏は、物価水準を一定にすることが
FRBの最大の役割だ、とするバーナンキ議長のインフレターゲット論など
の古典的な理論とはほとんど無縁の政策運営をしました。その柔軟性が
グリーンスパン氏の真骨頂でした。
《意味を失いつつあるフィリップス曲線》
物価水準と経済の状態との間に安定した相関関係があったのは過去の話
です。50年代のアメリカには、確かにフィリップス曲線といわれる、物価と、
雇用つまり経済の好不況、の間には安定した逆相関の関係がありました。
そのころのアメリカは閉じた経済だったからです。
しかし、いまはグローバリゼーションの時代です。アメリカ国内の労働は
どんどん中国など海外の安い労働に置き換わりました。アメリカの資本が
安いコストを求めて海外に生産を移したからです。海外で生産された安い
製品がアメリカに流れ込み、価格破壊が起きました。
それでも、アメリカの進出企業や金融機関の収益は飛躍的に増加し、株が
上がり、資産効果によって国内の消費、特に贅沢な消費が増えました。
それによって幅広いサービス業でも雇用も増え賃金が上がりました。
物価が下がれば景気が悪くなり、逆に景気が上昇するとインフレになると
いう、フィリップス曲線の世界は成り立たなくなったのです。その亜流で
あるインフレターゲット論も意味を失いました。むしろ、景気と物価に影響
を与える最大の要因が、株式や不動産などの資産市場の動向になったの
です。
《資産市場の動向は消費に影響し、市場での効果は増幅する》
その1つの経路は、資産価格の上下による所得効果が消費に影響を及ぼす
ことです。不動産市場の下落によって消費が落ち込んでいるのがその1つの
例証です。
もう1つの経路は、資産市場の動向が金融機関の自己投資とトレーダーや
ファンドなどの貸付を通じて、レバレッジが効いた形で市場の動きの何倍
もの増幅した効果を持つことです。資産市場と貸付市場が結びついた信用
創造です。
21世紀の特徴は、これが世界的なスケールで行われていることです。
先日、世界一の企業が誕生しました。ペトロチャイナ(中国石油天然気)で
す。その時価総額は114兆円、それまで最大の米エクソンモービルの倍以上、
日本最大のトヨタ自動車の5倍以上です。世界の10大企業のうち5社は中国
が占めています。株式市場による巨大な信用創造です。
また、インドのリライアンスのオーナーであるアンバニ氏が、ビル・ゲイツ氏
を抜いて世界一の個人資産家になったというインド通信社独自の試算も
あります。そして、上昇する資源価格がアラブやロシアに新たな大富豪を
生み、これでもかという贅沢を極めた消費者になっています。
《去年までの金利引き上げ効果が今出ている》
こうした新しい経済構造では、政府の消費者物価統計がインフレを示して
いなくても、強烈な金融引き締めも必要になります。特に、資産市場がファ
ンダメンタルから大きく離れて上昇を続けた場合には、大幅な金利上昇が
必要になります。
この点でグリーンスパン前議長は積極果敢でした。去年の1月末まで14回
もの金利引き上げを実行し、不動産バブルを抑えました。その効果がいま
出ているわけです。
グリーンスパン氏はまた、市場というもの、金融危機というものの特性を
よく分かっていました。株式市場は、上昇するときはゆっくりでも、暴落は
瞬時に起きます。それは、株式市場が本質的に借金によって成り立ってい
るからです。
銀行や証券会社、ヘッジファンドの投資のほとんどは借金で成り立ってい
ます。保険会社や年金であっても顧客から預かった負債に基づいて株を
買っています。ですから、株式市場の下落幅が一定範囲を超えると、倒産
を恐れて一斉に手持ちのポジションを売るのです。売りが売りを呼び、暴
落するのです。暴落幅が大きいと、お金を貸しているほうが資金を回収で
きずに、破たんの懸念が出てきます。
株式市場の暴落は資本主義の世界では当たり前のメカニズムであり、暴落
が嫌なら共産主義なり封建主義なりの違う経済体制をとるしかありません。
問題は、暴落が起きたときの政府の対応です。
《戦後になってから強化したFRBの権限》
金融機関の破たんを完全に放置したのが、1929年のアメリカの株式市場の
暴落に端を発した世界大恐慌でした。当時のアメリカFRBの権限はとても
弱いものでした。政府が預金者を守ることもありませんでした。金融機関の
破たんが破たんを呼び、事業会社や個人の破たんを呼び、失業者が町に
あふれ、それでまた物が売れなくなり更に景気が落ち込みました。
苦しくなったアメリカが保護主義に走ったことが世界経済のブロック化につ
ながり、日本のような新興国に打撃を与え、世界大戦の遠因になっていった
のです。その中で台頭したナチスドイツは、世界に先駆けて無料の高速道路
網であるアウトバーンの建設や国民車フォルクスワーゲンの開発で、600万人
はいたとされる失業者をほとんどいなくなるほどに減らすことに成功しました。
ニューディール政策の効果も出なかったアメリカを尻目に、ドイツを頼りに
日本はその後同盟関係を結ぶことになりました。ナチスドイツの政策イノベー
ションは高速道路だけではありませんでした。中央銀行が民間金融機関を救
済し、預金者の預金を守ることによってドイツの金融システムは世界に先駆
けて安定したのです。
戦後のアメリカは、打ち負かしたナチスドイツから経済政策を学びました。
アウトバーンにならって無料のインターステート・ハイウェイを全国に張り
巡らせただけではありません。FRBの権限を大幅に強化し、金融システム
全体と預金者を守る責任を与えました。
《就任直後から迅速な消防隊長だった》
グリーンスパン前議長が際立って優れていたのは、株式市場の暴落への
危機管理でした。就任直後の1987年のブラックマンデー、1997、1998年の
アジア、ロシア危機、そして2000年のITバブルの崩壊と、2001年の9・11テロ、
いずれのときも、緊急に大幅に金利を低下させただけでなく、金融機関の
破たんを防ぐために資金供給、民間を促しての協調行動などを瞬時に行い
ました。
大暴落の被害は分単位で伝わります。地震や津波と同じです。重要なのは、
議論ではなく一刻も早い対応なのです。その点、グリーンスパン氏は迅速な
消防隊長でした。グリーンスパン氏がFRB議長になったのは1987年、プラザ
合意の2年後です。
国内の貯蓄が足りないアメリカは財政赤字のファイナンスに苦心してい
ました。日本とドイツに金融ビッグバンを実行させ、ようやく安定的な
アメリカ国債の買い手を見つけたころでした。
就任早々の1987年10月にブラックマンデーの株価大暴落を経験した
グリーンスパン氏は、間髪を入れず金融緩和と金融機関の破たん回避の
ために奔走しました。それまで前任者のボルカー議長に比べて軽量級と
見られたグリーンスパン氏を、市場は高く評価しました。
《在任の19年間で金融面からアメリカ経済を復活》
そこから19年にわたってFRB議長を務めたグリーンスパン氏の時代に、
NYダウ工業株平均は2,700から11,000にまで4倍も上昇しました。株価の
上昇によって、米国民の資産は大幅に増え、企業は資金の調達が容易に
なり、80年代初めに赤字だった企業年金のほとんどが黒字になりました。
強い市場を背景にして、80年代までは国内志向が強かったアメリカの
金融機関は世界に展開し、世界全体の経済成長の恩恵を受けるように
なりました。
前任のボルカー議長時代には日本やドイツからの資金の導入に苦労をした
のがウソのように、アメリカの企業や金融機関やファンドは世界から資金を
簡単に集め、その資金がまた世界の高い投資機会をつかむという循環を
確立しました。グリーンスパン氏は、金融面からのアメリカ経済復活の
最大の功労者といっていいでしょう。
《新興諸国が可能にしたインフレなき高度成長》
バーナンキ議長はラッキーです。グリーンスパン氏が主役として築き上げた
世界の金融超大国の管理者の地位を引き継いでいるからです。
バーナンキ議長の市場経済への理解や暴落への危機管理能力には、重大な
疑問符をつけざるを得ません。それでも、いまのアメリカ経済も世界経済も、
80年代よりもはるかに強固ですから議長の失策もカバーする余裕があります。
赤字国で破産するなどといわれても、実はアメリカの所得収支は黒字です。
借金の返済よりも投資のリターンのほうが高いのです。そして、海外から資
金はいくらでも入ってきます。ちょっと金融機関がおかしくなれば、外国人が
すかさず資金を入れてくれます。
そして、なによりも、中国やインドといった巨大新興諸国が生み出す低コスト
の生産能力と巨大な市場が世界経済にインフレなき高度成長を実現している
からです。いまの金融市場の混乱が終われば、再び世界の株式市場の上昇
が始まるでしょう。
《地政学的テーマの前でFRB議長の重みは低下する》
またアメリカの財政当局にも、80年代以降は、世界の市場をよく知り、金融
機関の危機管理に長けたウォール街のトップ経営者が据わることが多くなっ
ています。アメリカの経済運営自体が市場対応型にシフトしていますから、
経済チームとしての体制も整っています。
いまのアメリカ経済の真の課題はもはや金融問題ではありません。
難しい地政学的なテーマが山積しています。
高度成長を続ける世界経済が資源の枯渇と環境の悪化を早め、地球温暖化
と気候変動、水と食料の不足と難民化がすすむこと、また、資源国や新興国
への富の集中が軍事拡張競争や資源獲得競争を助長すること、経済問題に
宗教問題や民族問題が絡むこと、などの解決が求められています。
幸か不幸か、FRB議長の重みは低下するのかもしれません。
さて、わが日本に目を転じたら、日本の中央銀行たる日銀の総裁の仕事は
あまりに重要です。日本経済の地盤沈下は続きます。金融大国日本の地位
は無残に低下しました。おまけに、経済と金融の悪循環が共鳴しています。
とても今回は書ききれません。またの機会にいたしましょう。
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