関係者様
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____山__崎__通__信_______________2007.11.22_
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┃教育バウチャーという名の格差拡大政策
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日本の公立学校の制度は、過去40年に亘って、東京を中心に、社会の格差と
不平等を拡大する方向に働いてきました。高校受験の過当競争を無くすとして
60年代に導入された学校群制度は、その逆に、中学受験は当たり前、小学校、
果ては幼稚園のお受験も珍しくない世の中を作りました。
その愚策の後遺症から立ち直らないうちに、違う角度から、また新たな愚策
が導入されようとしています。
教育バウチャー制度です。義務教育に市場原理を導入しよう。お金を払って
いるのだから、われわれはいい教育サービスを選ぶ権利がある。そのために
教育バウチャーというものを導入しよう、というのです。
もっともらしく聞こえます。安倍晋三政権で誕生した教育再生会議などで
議論されていますが、日本の実態にはとても合わない制度です。
バウチャーとはクーポン券です。今考えられている教育バウチャー制度では、
小中学生の子供を持つ親が、バウチャーを持っていけば、行きたい学校が
選べます。今までの学区の縛りはなくなりますから、これまでは制限されて
いた越境入学が堂々とできる制度といってもいいでしょう。
公立の小中学校を自由に選択できます。そうして集まった生徒の数に応じて
各学校に予算を配分する仕組みです。生徒獲得競争をさせることで学校の
教育「サービス」の向上をさせる狙いがあるそうです。
公立小中学校にそんな制度が導入されたら、どんなことが起きるでしょうか。
いわゆる評判のいい学校に、生徒が集中するでしょう。その結果、評判のい
い学校の予算は増え、ますます充実します。逆に評判の悪い学校の生徒数
は減って、予算も減ります。お金にも事欠くことになるでしょう。
評判の悪い学校の教育サービスはますます低下する悪循環に陥るでしょう。
世間で評判のいい学校は、とかく恵まれた、つまりお金持ちの多い地域に
ありがちです。その逆に、評判の悪い学校は、経済的に余裕のない地域に
ありがちです。そして、遠いところにある評判のいい学校に子供を通わせら
れるのは、余裕のある家庭の子供たちが多いでしょう。予算を減らされる
評判の悪い学校に通うのは、どうしても余裕がない家庭の子供が多くなる
でしょう。同じ町内でも、評判のいい学校に通う子供と、評判の悪い学校に
通い続ける子供ができるわけです。仲良くできるでしょうか。評判の悪い
学校はますます荒れるのではないでしょうか。荒れた学校に乗り込んで良く
しよう、という先生がいても大変でしょう。毎年予算が削られる中で苦労す
ることになるでしょう。
教育バウチャー制度は、地域と学校との結びつきにもダメージを与えるで
しょう。小中学校は地域が支えていくものです。地域の学校を住民が捨てて、
よさそうなところに子供を越境入学させる様なことが蔓延すれば、地域は荒
れていくでしょう。こんなことが続けば、生徒も先生もなかなか寄り付かな
い学校を作ることになるでしょう。単なる市場原理を義務教育に持ち込めば、
復元力というものが働かないからです。とくに東京に教育バウチャー制度を
安易に持ち込むことには大きなリスクがあります。
教育バウチャー制度は、東京の中の地域間格差を加速するだけに終わり
かねません。
予算を配分する原理としても、教育バウチャー制度はうまくいかないでしょ
う。実績評価と改善のために必要な原理が働かないからです。
怠慢だったり無能だったりする校長でも、とても評判のいい学校に赴任した
ら簡単に教育バウチャーが集まります。やる気と能力にあふれた校長でも、
問題校に赴任すれば教育バウチャーは集まりません。
投資の世界にたとえてみれば、能力の高いファンドマネジャーでも、下がり
続ける日本株の運用では高い絶対リターンを上げられないのに似ています。
でも、投資の世界では、ファンドマネジャーを評価するのに、ベンチマーク
というものを使います。日本株運用のファンドマネジャーの成績は、日経平
均や東証株価指数と比べて評価するのです。ベンチマークを上回っていれば、
たとえマイナスの運用利回りでも高い相対評価を受けます。ところが、教育
バウチャーにはこのベンチマークがないのです。いっぱい生徒が集まりさえ
すれば学校が評価されて予算が増えるのであれば、誰も難しい学校の建て
直しに努力などしなくなります。
教育バウチャーの本家であるアメリカでは、もともと日本以上に学校と地域
が結びついています。公立学校の財源は身近な自治体の住民の固定資産税
でまかなわれます。国や州からの補助は日本に比べて格段に少ないのです。
アメリカの地方自治は、土地や建物などに課される固定資産税を財源として
学校を作ることが基本でした。ところが、アメリカのアキレス腱は人種差別と
格差の歴史でした。南北戦争で解放されたとはいえ、黒人の居住地区は貧し
く、60年代の公民権運動までスクールバスは黒人と白人は別でした。貧しい
地区ではろくに教育が受けられない、だから、非行に走り、就職もしない子供
が増える、そこで地域以外の学校に通わせればと、そんな場当たり的な考え
が教育バウチャー制度導入の背景にありました。
もともと教育バウチャーを言い出したのはミルトン・フリードマンです。
この天才的な経済学者は、残念ながら、人種差別や貧困の問題の解決策を
提示したことはほとんどありませんでした。今でも大都市の黒人地区の学校
は、教育どころか命の危険に満ちているところがいっぱいあります。
日本ではこれまで、国が義務教育の基準を定め、財源も国と都道府県が
相当負担してきました。無駄な統制もコストもあります。でも、地域コミュ
ニティからの財源が主であるアメリカとは違うのです。そこに教育バウチャー
制度を導入すれば、豊かな地域はますます豊かになります。逆に、優れた
才能や素質を持つ子供でも、家庭と地域が貧しければチャンスが減るのです。
最大の不公平です。誰もが参加すべき人生の生存競争に大きなハンディが
生まれます。これでは、人材しか資源がない日本の国力は低下します。
すでに、東京における受験不平等は年季が入っています。1967年に、受験
地獄を解消するためと称して学校群制度というものが導入されたころ、東京
の進学校のトップは日比谷、西、戸山といった都立高校でした。旧制府立
中学の伝統を受け継ぐところがほとんどでした。
学校群制度は「日比谷つぶし」ともいわれました。学校群制度によって、
受験生の希望を聞かずに、同じ群の中の学校に振り分ける。すると
都立高校の実力は平均化するから受験戦争は緩和される。今となっては
信じられないこんな理由で導入され、他の県にも広がりました。
日比谷つぶしという目的は見事に達成されました。しかし、受験戦争はなく
なるどころか低年齢化しました。数少ない小中高一貫の国立や中高一貫の
受験名門の私立、幼稚園から大学までエスカレータ式の私立など、いずれも
小さいときから選別と受験が始まるところの人気が高まりました。当然です。
大企業の一流大学の優先採用は変わらず、一流大学が受験生の狭き門で
あることは変わらなかったからです。勝手に競争を放棄し劣化が進んだ都立
高校は、一流大学を目指す受験生とその親に見放されてしまったのです。
当然ながら、受験競争が不平等なものになりました。中学、小学校、幼稚園
と受験戦争の戦場が低年齢化するほど、お金のゆとりがあり、塾に付き添う
時間のゆとりがあり、コネを持つ、そんな家庭の子供が有利になります。
受験戦争が、子供の能力より親の力で決まるようになるのです。そして、
お受験に駆り立てられる子供たちはいやおうなく、いちばん頭が柔軟なとき
に、夢や空想にふけるより、人が作った問題に人が決めたように答える能力
を磨くように強制されています。
高校入試で初めて受験勉強をし、塾などに通わなかった私には耐え難い
ことです。振り返ってみれば、私が子供のころは、毛沢東の文化大革命、
三島由紀夫の自殺、学生運動など、今以上に騒然とした時代でした。
世界に対する強烈な好奇心を呼び覚まされ、新聞を隅から隅まで読み、
分からないことは百科事典で調べることに夢中でした。共産中国が発展
すれば資本主義になる、こんな確信はそのころ生まれました。世界を分析
し行動することの基礎を作ったのは、子供のころの有り余る時間を使って
自分で調べることでした。もし私が、今小学生で中学受験するなら、
そんなぜいたくはできないでしょう。
人から指示されないと動かない、と大人は今の若者を非難しますが、今の
若い人は子供のころから人の枠に上手にはまることを訓練されているので
すから、当然ではないでしょうか。もちろん、そんなお受験競争から降りて
しまう家庭も多くあります。すると、学歴社会日本ではたいていは経済的に
不利な立場におかれます。多くの子供の夢が消えたとき、日本社会も老いて
しまったのではないでしょうか。
お受験がなければ、どれだけ子供や家庭の負担が減るでしょう。共稼ぎでも
女性が子供を産んでキャリアを追求することも簡単になるでしょう。
子供が好きな分野の才能を伸ばすことも、安全対策をしっかりすれば近所
の子供と日が暮れるまで遊ぶことも、簡単になるでしょう。
もちろん、幼稚園や小学校から受験してもいいのです。それは選択の問題
です。今のように、普通の家庭までお受験に駆り立てられることがなくなれ
ば、これこそ、ゆとりが出てくるでしょう。教育再生はそこから始まるので
はないでしょうか。
学校群制度以前のように、日比谷などの都立高校から毎年100人以上東大
に入るようにならないと、お受験の低年齢化と子供の想像力と思考力の低下
は止まらないでしょう。公立高校からでも十分難関大学に入れるようになっ
て初めて、公立中学の地位が上がり、私立の中高一貫校への受験熱は下が
るでしょう。共働きでも余裕のない経済状態の家庭でも、子供の実力しだい
で難関大学にも行けるようになります。そして、子供たちも小学校のうちは、
伸び伸びとすごすことができるでしょう。
でも、そんな時代はすぐに来そうもないのがいまの現実です。
「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」有名な言葉で始まる
福澤諭吉の「学問のすすめ」のポイントは、そのあとにありました。
「人は生まれながらにして貴賎貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく
知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり。」
身分でなく、教育、それも実学の有無が出世も貧富も分けるのだ、という
福澤諭吉の言葉こそ、多くの国民にとっての明治維新と四民平等の意味で
した。ここから、立身出世と競争の手段としての教育がその地位を確立し
たといえるでしょう。明治五年から出版されて空前のベストセラーとなった
学問のすすめは、新しい時代の到来を告げたのでした。
確かに、学問が、真理の追究や修身斉家治国平天下の修養を離れ、
立身出世の具と化したのは、今に至る学歴社会の弊害を生みました。
しかし、封建制度では身分が固定され能力による競争と出世がなかった
ことこそ、福澤諭吉の大いなる不満であり、「封建制度は親の仇」でした。
不完全なこの世において、親の身分や資産によって個人の出世や仕事が
決まるよりは、学歴や学問の能力によって決まったほうがまだまし、
というのは今に至る近代国家のコンセンサスでしょう。
それは、欧米や中国や韓国でも受験競争と学歴重視が社会のルールと
なっていることからも否定できない世界的現象です。
完全な受験制度はありません。人の能力は単一のものさしで測れるわけ
ではないからです。数学と音楽と演説と工作の能力はまったく違います。
理想的な教育のかたちは、一人ひとりの能力を最も生かす教育を個別に
設計し、最も能力とやる気の出る仕事に就けるようにすることでしょう。
ペーパー試験、内申書、AO(アドミッションオフィス)入試、面接、論文、
推薦状、ボランティア活動の実績評価、リーダーシップ試験など、さまざま
な試みが日本でも外国でもなされます。
でも、個別性を重視する社会ができても、受験勉強がなくなるわけではない
でしょう。なぜなら、飛びぬけたスポーツや芸術の才能を持ち、それだけで
食べていける人の数はそう多くはないからです。多くの人たちは、共通の
知的能力で判定され、共通性の多い仕事に就くからです。だから受験競争
が生まれます。それを避けるのではなく、公平でどの子も参加できるように
することこそ、日本の社会にとって大切なことです。社会の中の人材の能力
を最大限に生かすには、教育バウチャー制度や今のお受験のような競争
参加者を減らすやりかたではなく、誰でも競争に参加できるようにと違う
発想の政策が必要です。
財源が余っている東京から足りない地方へ、お金持ちの地域からそうでない
地域へ、子供の競争条件を対等にするために、思い切って教育予算を配分
してこそ、日本の夢も成長も復活するでしょう。夕張の子供たちが、今の
計画のように小学校を一つに統合されるのではなく、今よりお金をかけて
教育を受けられるようにすることこそ、日本に必要な投資です。かつて、
小泉さんは「米百俵」という話を持ち出し、他を切り詰めても子供の教育に
お金を使うことの大切さを訴えました。世間はそれに共感したはずです。
ところが、いつのまにか、財政が苦しいから、と苦しい自治体の教育予算を
カットします。そんなことをするより、税金が余っている東京都などから
財源を取り上げても、全国の子供の教育に回すべきでしょう。そのうえで、
教育の世界に地域の自由な発想と経営評価を持ち込めば、また日本人の
能力が世界を驚かせる時代が来るものと信じています。
●次号は来週お届けいたします。どうぞお楽しみに!
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