山﨑 養世の日本金融再生論
発表論文

Japam Business Press 『東奔西走』

ここがおかしい郵政民営化
危ない銀行業務より年金の窓口になることが国民の利益
(2009年2月27日)



麻生太郎首相が、「郵政民営化には賛成でなかった」と言いました。たまりかねたように、小泉純一郎元首相は、「怒るというより笑っちゃうくらい、ただただあきれている」と言いました。鳩山邦夫総務大臣は「かんぽの宿」の払い下げを問題にしています。郵政民営化はどうなっているのでしょうか。

根本的政策に無理があった郵政民営化

郵政民営化が可決された2005年、私は郵政特別国会の最初の特別参考人として意見を述べ、本も出版して郵政民営化の問題点を指摘しました。でも、私の発言など小泉劇場の興奮にかき消され、選挙が終わると、メディアからも人々の口からも郵政民営化など消えていきました。

あとは野となれ山となれ、でしょうか。国鉄再建監理委員会委員長として国鉄民営化を支え続けた亀井正夫氏のように、最後まで責任を持って改革を支え続ける人はいません。もともと、郵政民営化の根本政策に無理があるのです。

1999年に、当時の小泉議員が『郵政民営化』と題した本の中で指摘した郵便局の問題は、一面では本質を突いたものでした。

国家信用による郵便貯金が膨張し、その資金が自動的に道路公団などの特殊法人に配分され、無駄な公共事業に使われている。だから、郵政民営化によって、こうした資金の配分をやめるべきだ、というものでした。

しかし、郵便局に集まったお金を預かり、特殊法人に貸していたのは旧大蔵省(現財務省)でした。財務省が特殊法人への貸し付け審査機能を持つか、さもなければ貸し付けをやめて郵便局が自分で運用するようにすればいいのです。

事実、郵政民営化のはるか前の2001年に財政投融資の改革が行われ、郵便局は少なくとも形のうえでは資産運用の自由を得ていたのでした。その意味では郵政民営化の意味は薄れていました。

むしろ、隠された問題の本質は、郵政の経営問題にありました。大蔵省への預け金もなくなり、0.2%の利ざやの上乗せもなくなって、収益源が減ったのです。

長期国債で運用される郵貯は金利上昇で巨額の含み損を抱えることに

一方、200兆円を超えるまでに膨れ上がった郵便貯金のほとんどが長期国債で運用され、いったん金利が急上昇すれば、巨額の含み損を抱えます。そ こに、貯金の引き出しが急増すれば含み損は実現損に変わります。そうなれば、経営危機に陥る危険性が高い。

ところが、この最大の経営問題に郵政民営化は手をつけていません。資金のほとんどを10年の長期国債に入れ、一方で、貯金という負債は預け入れて から半年以降はいつでも引き出せる、という資産負債のミスマッチの典型である定額貯金は存続したままです。金利上昇での経営の爆弾を抱えています。

それなのに、ゆうちょ銀行は伝統ある大銀行ですら失敗した貸し付け業務に進出して稼ごうとしています。しかし、大企業向けの貸し付けは利ざやが薄くて儲からず、中小企業向け融資は新銀行東京に見られるようにリスク管理ができなければ大穴が開きます。

無理に住宅ローンを貸そうとすれば日本版サブプライム問題になりかねません。民間に伍して貸し付けを行うには巨大な貸し付け審査部門と営業部門が必要であり、巨額のコストとリスクを伴います。

ゆうちょ銀行の自己資本比率は90%を超える高い数字と発表されています。しかし、純資産の総資産に対する割合でいえば、4%程度しかありません(以前、2%としていましたのは古い数字でした。訂正します)。

この大きなギャップが生まれるのは、ゆうちょ銀行の自己資本の計算には、国債などについてBISでのリスクウェイトにならってゼロのウェイトしか置かれていないためと思われます。

しかし、国債のリスクはゼロでしょうか。信用リスクは極めて低くても、金利リスク、つまり、価格変動リスクは存在します。この問題については後で詳しく述べます。

ゆうちょ銀行は、貸し付け業務を始めるには資本不足です。資本金を増やすには、政府の信用を使うか財政資金を投入するしかないでしょう。財政再建のはずが財政負担になります。そうして始めた貸し付け業務が新銀行東京のように破綻したら再び国営化すれば悲喜劇 です。

郵貯だけでなく、社会のネット化や競争の荒波を受けた簡易保険と郵便事業も巨大な組織を維持するには経営基盤が脆弱であり、国家信用という支え棒がなくなれば倒れかねません。

そうした課題に対して、いま進められている郵政民営化では、民間銀行が失敗した貸し付け業務に明確な戦略なく進出してコストと経営リスクは増大し、失敗した場合の責任や国民負担も明確ではありません。

4つに分社化されて膨らむコスト

おまけに、100%国有で国家信用を使いますから、民間企業に比べて不公平に優遇された競争条件を前提としています。

民営化のもう1つの問題は、1つの組織であったから低コストだった郵便局の運営経費が、4つの会社に分かれることで確実に上昇することです。貸し 付けなどの銀行業務を行わない、1000万円以上の貯金や保険を扱わない、という郵便局への縛りがあったからこそ、コストが低い3事業の一体経営が認めら れてきたのでした。

自由な民間経営に移行するにつれて、他の民間との公平性を保とうとすれば、そうした兼業は無理になり、コスト高になる組織の分離が必要とされ経営は悪化してしまいます。だからといって、業務を拡大すればさらにコストとリスクが上昇する悪循環に陥りかねません。

コストが高まれば、効率性の名の下に地方でのサービスは切り捨てられるでしょう。

全国2万6000の郵便局の多くは民間銀行もない地域にあって住民のライフラインの役割を果たしてきました。そうした機能を失えば、その地方は住みにくくなります。行政が肩代わりすれば財政を圧迫します。地方分権、地方分散と言いながら、田舎には住むな、ということになるのです。

となれば、3事業を一体化して運営し、その代わりに民間を圧迫しないように業務を制限してきたこれまでの方がまだましです。でもそれだけでは、ジリ貧になることも事実です。
かといって、郵便局にどんな新しい未来があるのでしょうか。郵便局らしい役に立ち方はないのでしょうか。

年金の窓口として郵便局を活用すべき

その1つの答えは年金にあります。選挙のたびに争点になる年金ですが、問題はいまだに解決されていません。

5000万件を超える年金記録のミスや 組織的な改竄が行われていますが社会保険庁の根本的な改革は手つかずです。民間から派遣されるはずの社会保険庁のトップには、財界からなり手が現れません。

前から私は指摘していましたが、そもそも、社会保険庁は1億人の成人国民への年金の窓口サービスを行うようにはできていないのです。

国民にとって年金とは、保険料を払い、その記録を通帳やカードに記録し、あとで年金を受け取ることです。401kなどが導入されれば、金融商品を買うことにもなります。つまり、お金の出し入れと記録、それに金融商品の購入サービスを受けることなのです。

ところが、窓口のはずの社会保険事務所は東京で言えば32カ所しかありません。成人30万人に1つです。これでは、記録を確認しに行っても何時間も待たされてしまいます。

それなのに、与野党は年金通帳、年金カードを発行すると前の選挙では約束しました。1億人の国民が毎月1度通帳やカードを確認しに行くだけで、窓口はパンクすることは明らかなのに空手形を切っているとしか思えません。

かといって、全国に何千カ所も新たな社会保険事務所を張り巡らせることは無駄の極みです。民主党が提案する税務署との統合でも問題は解決しません。社会保険事務所と同じくらいの数しかない税務署は、未払い金の徴収には威力を発揮しても、窓口サービスを成人国民に展開するようにはできていない点では社会保険事務所と同じだからです。

ここで役に立つのが郵便局のはずです。お金の出し入れ、通帳やカードの記帳や記録の確認、金融商品の購入、これらすべては郵便局の日常業務です。

郵便局で5000万件の記録ミスがあったという話はありません。郵便局は全国津々浦々に2万6000カ所もあります。

信用金庫も農協もないところに郵便局はある

都銀はもちろん信用金庫や農協の支店もない地域にもあるのが郵便局です。そして、いまも国が100%の株式を持つ公的な機関ですから、国民に対して国が業務の責任を持つこともできるはずです。国の年金を扱うのには資格十分でしょう。

年金全体での計算や事務は、社会保険事務所は税務署と統合したうえで行えばいいのです。税務署と一緒になることによって社会保険事務所自体の改革も進むでしょう。年金番号を発行して記録のミスを防ぎ、システムを整備したうえで、郵便局が年金の窓口業務を行えば、社会保険事務所を全国に拡大する必要がなくなって巨額の財政負担が減ります。

何よりも、国民からの信頼度が最低である社会保険事務所から、国民からの信頼とサービスへの評価が民営化以前には最高であった郵便局に年金の窓口が移ることによって、年金に対する不信感が解消されることが期待できます。

もちろん、こうした改革には郵便局と国の年金をつなぐシステムの設計や業務の流れが必要になりコストがかかります。それでも、社会保険事務所を全国に張り巡らすよりははるかに低コストでできるでしょう。

そして、年金加入者が郵便局での年金窓口サービスに毎月数百円でも手数料を払えば、郵便局には貴重な収入源になり、郵政の経営が安定します。銀行と張り合ってコストやリスクが高い貸し出し業務に進出するよりも、郵便局のせっかくある全国ネットワークと信用を活用する、モッタイナイ精神による改革です。

こうした改革と人事や資産活用などの柔軟化などを組み合わせ、無駄を省くことで郵便局の将来像が見えてくるのではないでしょうか。

発想を変えれば、年金と郵政民営化、2つの難題の解決策につながるでしょう。それだけではありません。全国にある郵便局が活用され、年金と金融サービスのライフラインになることによって、地方でも暮らしていける国造り、という地方分権と分散型国土を実現する1つの要素にもなるのです。

去る2月6日、『日本「復活」の最終シナリオ : 「太陽経済」を主導せよ』(朝日新聞出版)が出版されました。

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