山崎養世の日本復活対談
1 2 3
船橋洋一 アジアで自らを封じ込め、”孤立”しつつある日本
「目鼻立ち」のくっきりしない日本の政情とアジアからの視点
船橋: いま、山崎さんから中国の変貌の話が出たので、話題をアジアに変えますが、なんとか信認された小泉連立政権をアジア諸国は不安に思っていますね。アジア諸国は、もともと憲法改正をポーンと言ってみたり、靖国神社に行ってみたりと、刺激的な言動を取る小泉さんに対して一種の戸惑いを感じています。アジアの将来と日本の将来をどういうふうに重ね併せて、日本の方向を打ち出そうとしているかが、よくわからない。アメリカには確かに一生懸命貢いでいるようだけども(笑)、日本の長期的な国益や、将来のアジアとの関係を築く上でどう繋がっているのかが極めて不透明です。
一方で、今回の総選挙で民主党が40議席増やしたが、これが本当にオールタナティブ(もうひとつの代案)なのか、これもわかりにくいですよね。民主党も、内部は改憲論者から護憲論者から創憲論者までが混在しており、“ゴッタ煮”の印象を免れません。イラクへの自衛隊派遣反対を打ち出したのに、それを十分に争点にすることができなかった。自民党との基本政策の違いをどういうかたちでマニフェストに織り込んだのかも、よくわからない。本来は、基本政策の違いをくっきりさせるための「マニフェスト対決」であるべきですが、日本の長期的なアイデンティティや外交戦略、あるいはアジアとの関係、安全保障や平和など、そういう大きい枠組みについては、マニフェスト同士の戦いにはならなかった。お互いに逃げたということですね。
中国をはじめとするアジア各国は、日本の政治はもっと、大きい目鼻立ちのくっきりした方向性を示せないのかと、注目しています。2008年の北京五輪、上海の2010年万博を招致し、WTO(世界貿易機関)入りを果たした、非常に幅の広いレールを敷いた印象を与えている中国の新指導部に対し、なんとなくもやもやした、あいまいな日本の印象を払拭できなかったですね。残念です。
山崎: アジアにおける日本の立場は、どんどん孤立してきています。この立場は、日本国内の政治が抱えている地方と中央の関係と像が重なります。地方にはカネを配って、施してやるから、お前らはだまって俺たちに支配されろという構造は、アジアに対する援助外交をODA(政府開発援助)とよく似ています。地方やアジア諸国をカネのばら撒き先としか見ないで、対等なパートナーとして認めていないという点では共通しています。だからインドのように「おカネ(ODA)なんかいらない」と言う国が出てきています。援助は共存共栄関係をお互いに築き高められることで、行うべきです。この点で、今の“ODA外交”は、非常に大きな失望を生んでいます。それを象徴しているのが農業政策です。輸入品の攻勢から保護することで、日本は農業を先進国の中で最も弱い農業、最も衰退する農業にしてしまっています。
船橋: 政府と地方自治体との関係、日本とアジア諸国との関係は山崎さんの言うように、おカネの配り方からみると非常に似ていますね。山崎さんは、中国の地方自治制度をどんなふうに評価しているのですか?
山崎: 政治体制全体では、完璧とは言えず、いろいろな問題点を抱えているとは思っています。しかし、地方自治体の首長の行政能力と権限においては、確実に日本より優れていると思います。今の中国共産党には、ものすごい内部競争があります。その業績を評価するシステムも、多少の問題を含んではいるものの、かなりよくできており、地方をきちんと発展させた人が党の役職の階段を昇れるシステムになっています。ですから、海外資本に対してすごくオープンです。海外からの進出に対しては、アメリカよりもオープンかもしれない。日本の地方自治体の首長に突きつけられる課題は、こういう経営能力における競争ができるかどうかということだと考えています。
「富」の生かし方を知らなかった日本人とその政治 ~ 金融のプロを政治に!
船橋: アメリカとの関係でもってすべて他を御していくという外交方針が、今後アジア諸国に受け容れられるとは到底思えませんね。日本の場合には、なによりも歴史問題があります。靖国問題もそうだし、戦前の日本の行為をどういうかたちで歴史的に認識していくのか、あるいはしてきたのかとかいうことに関して、アジアからは日本が十分にそれを克服したとは見られていないという問題があります。この問題があるから、アジアとの関係は非常に心理的にもきつい、厄介だとなる。だからといって、小泉さんのように、アジアよりアメリカでいいと、まずは日米でやろうと、「アメリカ一枚カード」で押し通しても、かえって物事がやりにくくなることもあるということは、イラク問題でも浮きぼりにされてきました。心理的にアジアを受け容れられない。だからアジアで孤立する。ますますアメリカにすがる。こういう悪循環に入りつつあります。
  もうひとつは、山崎さんも触れましたが、今回の自民党の選挙を見てもわかるように、日本はますます農村地方の利益誘導の体系の中に立てこもってしまっています。そうであればあるほど、アジアがこれから農業も含めた自由貿易協定(FTA)で、新しい市場を作っていかなくてはならないときに、日本はそこから脱落して、その波に乗れないという危険性があります。この点でも、日本はアメリカの農産物だけは特別扱いをし、アメリカもアメリカ産品さえ受け入れてもらえればOK。という具合に、農産物の輸入自由化においても、アジアだけをはじく。
こういう二重の意味で、日本は自らを封じ込めてしまい、非常な残念な状況に立ち至っていると思います。日本が自らを封じ込めてしまうことによって、アジアの新しい活力を十分に使いきれないという危険があると思いますね。
山崎: いわゆるかつての「重厚長大産業」で、中国生産のプラス効果がはっきり出てきている企業がいくつかあります。空洞化が企業の生産拠点の海外(中国)移転を意味するとすれば、この流れは加速します。日本国内では東京一極集中コストがすごく高いわけです。これを下げなければ話になりません。産業構造でも「水平分業」をすすめて、出て行った製造業の代わりに安価な中国産品を買うサイド、つまり生活サービス産業の方を伸ばさなくてはいけません。要するに、アジアとの共存共栄型の経済関係を作るべきなのです。それから政治的にも共存共栄関係が必要です。いま、犯罪の問題、ビザの問題など、課題はいろいろありますが、日中間で犯罪者引渡し条約すらないのです。政治面では大切なキーポイントがいくつも抜け落ちています。
船橋: 中国とのビジネスは、急速に、今までのモデルの修正を迫られつつあると思います。中国とタイの労働コストを比べてみると、両方とも日本の10分の1ぐらいで並んでいます。今後は、「低コストの生産拠点としての中国」という過去のとらえ方を捨てて、巨大消費地の中国をバネに、グローバル戦略を練るようになると思います。すでにホンダなどは、中国に輸出専用工場を作り、「メイド・イン・チャイナ」を数十万台規模で世界に売ることを計画しています。中国はこうした世界戦略の基地になるのでしょう。
よく、中国のために国内産業の空洞化が進んだと言いますが、誰にとってどういう意味を持つものなのか、きちんと分析する必要があると思います。たとえば、かつて9千社もあった東京大田区の中小企業・町工場がいまは5千社となり、4千社も減ってしまったといいます。しかし、残った企業は、「オンリーワン型」の企業が多く、中国が情報収集のために大田区に出張事務所設けているほどです。大田区の工場群の生産力や競争力は、むしろ強くなった、中国経済に鍛えられたという見方も成り立つ。いまは、中国脅威論から中国追い風論に変化してきています。この追い風をいかにうまく使うかという知恵を絞る競争に入ってきています。
前のページへ 次のページへ